ユーリ!!! on ICEはBLか?

先日、勇利とヴィクトルのキスについてつらつら語ったら思いがけずたくさんの方から反応をいただいてしどろもどろしました。 私はあくまで1人気アニメで男性同士のキスシーンが描かれた、というガワの話をしていたのですが、何故かユーリ!!! on ICEそのものに対する深い考察だと言ってくださる方もいて、マジかよ…行間を読む力高過ぎるだろう…と恐れおののき、ハーブティーを淹れ、布団で安眠するなどしていました。 閲覧大変ありがとうございました。 

 
さて、引用RTなどのコメントでちらほら目に入ったのが
「あの2人はBLじゃないんだよ、愛があるんだ」 
という言葉である。そこで 「ユーリ!!! on ICEはBLなのか?」 という疑問が生まれてきた。 いや、多分ここまで読むと、ほぼ確実にブログでちょっと騒がれた人があからさまな炎上狙いでまた売名しようとしてるとか思われそうだし、きっとTwitterアンケートを取ったとしても「BLではない」派閥がきっと大差をつけて勝つだろう。でも、前回のブログも含めて少し、私の話を聞いてほしい。 
 
前回のブログ後半部で、私は 「あるオリジナルな関係性が『恋愛』という言葉でパッケージされ、ありきたりな関係として扱われる」 ということについて話した。 恐らく、少なくない数のユーリ!!!ファンは、同じように彼らの関係に「BL」という言葉でパッケージすることで、ありきたりな、あるいは既存の関係として扱われるのは嫌なのだろうと思う。 何しろ、ユーリ!!! on ICEのねらいの一つに「愛を定形から抜け出させる」ことがある じゃあそれで、BLという言葉を使わないことでいいじゃん、という話になりそうだが、そこを待ってほしいのだ。
 
言葉を忌避することが、定形からの完全な脱出になるのだろうか? 言い換えれば、「BLではなく愛だ」と言うことで彼らの関係性のオリジナリティ、あるがままの姿は保証されるのだろうか? 
 
答えは半分YESなのだが、しかし、ユーリ!!! on ICEの文脈を汲み取って、NOと言わせてほしい。 
ユーリ!!! on ICEの文脈についてまず、以下の記事を参照してほしい。
 
『ユーリ!!! on ICE』と「愛の再定義」 - 倉庫街
 
 ここで長谷川さよりさんは、「ユーリ!!! on ICEは『愛の再定義』をテーマにしている」と語っている。言い換えれば、「愛」という言葉に対して私たちが与えてきた、固まった意味を今一度崩してみよう、というわけだ。 そして私は同じアプローチをそのまま、BLという言葉にしてみることを提案したいのである。オラついた言い方をすると、
「『BL』が『陳腐な』『ありきたりな』男同士の『恋愛』を指すと誰が決めた?ァァン?」 
というわけである。 
 
BLとはボーイズのラブ、つまり男同士の愛である。そしてその多くは恋愛である。これは認める。しかし、そもそも恋愛なんてその他の愛とはグラデーションの地続きで、範囲はひどく曖昧なものだ。BLは今思われている以上にもっと多様な関係性を含むことができるジャンル用語だと思うし、BLの目指すべき多様性とは、その中にファンタジーとか学園モノとかがあることよりは、より多くの関係性を獲得することなのではないかとも思っている。 実際、商業BLに描かれている関係性はちゃんとよく見ればひとつひとつにちゃんとしたオリジナリティがあるし、近年は特にその多様さを求める傾向が強いように思われる。 
 
 
 だから私は声を大にして言いたい
 
 「ユーリ!!! on ICEはBLだ!」 
 
そして、「BL」という言葉に、それだけの深遠な関係性をも含みうる意味を認めてほしい、と思っている。 勇利が愛という言葉に、はっきりとパッケージされていない、微妙な気持ちを含んだように、BLという言葉にも、こういったはっきりとパッケージできない関係性を含んでほしいのだ。高尚な愛、俗なBLという対比なんて存在しない。どちらも曖昧で広く、大きな海のようなものだと思ってほしい。囲って遠ざけるのではなく、広くあることを認めてほしいのだ。 (ただ、誤解が怖いのでさらに注釈すると、ユーリ!!! on ICEはBLだが、BL作品としてのみあるというつもりは無い。それはそれで的外れな考えであると思う。)
 
 
 ユーリ!!! on ICEは本当に革新的なアニメだ。名目はフィギュアスケートという競技を軸にしたスポーツアニメだが、その中に愛についての様々な試みが含まれている。 私は先程、ユーリ!!! on ICEはBLだと述べたが、だからといってユーリ!!! on ICEは腐女子だけが楽しめるものではない。作品の中にはBLが入っているが、腐女子でなくたって、勇利とヴィクトルの関係性には感動し、愛について考えるだろう。きっともうすぐ、BLが腐女子によって意味的にも作品的にも囲いこまれ、隔離された世界で生きる時代は終わるのだ。ロボットオタクでなくてもパシフィックリムの映像に感動するように、腐女子でない人々もBLをBLとして楽しむ日が来る。 ユーリ!!! on ICEめっちゃ尊い…クソ尊いな…と思いながらここで筆を置きたいと思う。
 
 前回のブログ
 
今期大人気アニメ ユーリ!!! on ICE で ヴィクトルと勇利がキスをしたことの意義 - inato備忘録

今期大人気アニメ ユーリ!!! on ICE で ヴィクトルと勇利がキスをしたことの意義

ご存知大人気アニメ、ユーリ!!! on ICE。私も毎週楽しく見ている。
言うまでもないことかもしれないが、スケートという珍しい題材や美しい映像表現に加え、腐女子をニヤッとさせる(どころでは済まないが)BLチックな表現がこのアニメの特色として挙げられる。
 
特に作中にまんべんなく含まれる、主人公の勝生勇利とコーチのヴィクトル・ニキフォロフのスキンシップは毎週多くの視聴者を墓地送りにしてきた。そして最新第7話ではさらに決定的な表現を盛り込んできたのである。
 
キスした。
 
え?!マ?!?!
 
やりよったな!!!!
 
(本当はギリキリハグですと言い訳の出来るカットであるが、演出自体は古式ゆかしくキスシーンに幾度も使用されてきた表現であり、制作側がキスをしていると想像させたいのは自明だと思っているのでここではキスをしたという体で話を進めさせてほしい。)
 
視聴者なら誰もが知っている通りこのアニメのテーマには全般的な「愛」があり、だから実のところ物語としては(恋愛の気持ちが含まれなくても)キスくらいしたっていいのになぁとは思っていた。しかし日本はまだまだ男同士の恋愛というものを特異に扱う国なので、日本のアニメでギャグ要素や何かしらの戦略などを含まずに、純粋な歓喜や愛の表出として男同士のキスシーンを描くのは難しいところがある。その風潮を大胆にも踏み越えたのである。スタッフの勇気に感銘を受けた。なのでこのたびはこのキスシーンが、ユーリ!!! on ICEという作品内ではなく、作品の外に放つであろう影響について話をしたい。あくまでも個人的な見解とご理解の上、読んでいただければ幸いである。
 
 
このキスシーンが指し示す可能性に、私はとても希望を抱いている。それは
 
「BLの脱BL作品(占有)化」
 
である。
本屋で商業BLの棚の前に立ったことはあるだろうか? 一つ一つ手に取ってみると、それらの作品の幅がいかに広いかを知ることができる。ファンタジー、学園モノ、裏社会モノ…これらはすべて「BL」という1点に拠って分類され、その棚に並んでいる。
日本という社会が男同士の恋愛を特異なものとして扱う傾向があるため、BLはどんなに作品の幅があってもBLとして纏められ、ゆえにジャンル内での作品内容幅の広さを誇っていた。
逆に、BLジャンル以外でしっかりとしたBL表現が描かれているような日本の作品というのは珍しい。大抵がギャグだったり、あるいは現実のゲイをなぞったリアリティのあるキャラクターである。
(リアリティのあるゲイキャラクターを批判したいわけではない。そもそもリアリティのあるゲイキャラクターとBLのキャラクターはグラデーションで地続きだし、それはそれで良いものだと思っているが、ここでは多少のファンタジー/フィクション性を含むという意味でのBLについて話しているので、範疇外とさせてほしい)
BLを好む腐女子ですら、BL作品ではないジャンルではっきりとしたBLが出てくるのを「そこは私たちが妄想するからほっといてほしい」としばしば拒否する傾向がある。
 
要約すると、BLは「BL作品」及び腐女子の占有物なのである。言及するまでもないかもしれないが、これに対し男女の恋愛は、物語作中にいくらはっきり含まれてもそれがメインでなければ物語のジャンルを「恋愛モノ」にするわけではない(インディがいくらマリオンとキスしたって、インディ・ジョーンズは冒険物語として扱われる)し、逆に言えばいわゆる恋愛モノ以外であってもいくらでも描かれている。
 
しかし、今回のユーリ!!! on ICEでは決定的愛情表現の代名詞、キスが描かれた。ハグくらいならまだしも、日本人からするとキスはなんというか、うまい言い方が見つからないがアウトラインみたいなものだろう。BL「的」表現をふんだんに盛り込んだアニメではあるが、ジャンルとしてはスポーツものですよ、と銘打ってあるユーリ!!! on ICEにおいて、男同士のキス表現が描かれた。
これはBLがBL作品と腐女子の妄想の占有下から脱する一つの兆しではないだろうか。男女恋愛と同じくらいのハードルの低さでBLがBLをメインとしないような作品に登場する日もそう遠くないのではないかという希望が(こんな大仰な狙いは制作側からはなかったにしても)今回のユーリ!!! on ICEからもたらされたように思う。
 
 
もう一つ、これはユーリ!!! on ICEという作品として、上手いなと思ったことがある。それは
 
「キスという愛情表現の記号の脱(典型)恋愛占有化」
 
である。「BL表現がBL作品の占有物でなくなる」と今さっき言っておいてなんだこいつはと思った人がいると思うがとりあえず話を聞いてくれ。
 
視聴者の多くは勇利とヴィクトルのキスシーンにもちろん「オッオオオワァアァ」となり、ひっくり返り、マ?こマ?と録画を見返して自分が見たものが幻覚ではないと悟って仰ぐ人は天を仰いだだろう。きっと今頃墓屋と葬儀屋は大繁盛である。
しかし、ある部分逆に冷静になった人「も」いるんじゃないだろうか。「ヴィクトルは(従来キスが記号として表してきたような)単なる恋愛の気持ちでキスしたんじゃなくて、(あえて月並みな表現をすれば)師弟愛とか歓喜の極まりとか勇利への感謝や賞賛の気持ちなどの諸々が彼にキスをさせたんだ」、と。
 
(ここで二つ留意してほしいことがある。
①(あえて月並みな表現をすれば)~以下は、とりあえず恋愛一色と断定しないということに重きをおいているため、その内容自体はこの文脈では全く重要ではないし、出来ればここで共感するのはやめてほしい。
②恋愛一色と即時に断定することを否定しただけであって、全く恋愛の気持ちがない!と、断ずる気持ちも権限もない、解釈に制限を加えるつもりもないから銃を降ろしてほしい)
 
もちろんこの考察は、今まで描かれてきた勇利とヴィクトルの関係性を思えばこそ導き出されるものである。しかしそれに加え、(日本のマンガアニメ作品では特異な)男同士のキスシーンであったことも、この冷静な考察を助ける一因になったのではないだろうか。
 
さっき言及したとおり、日本のマンガアニメ作品においては男女恋愛のハードルはめちゃくちゃ低い。例えばある作品で男同士が手を繋いだら、腐女子は「付き合ってる!!」と歓喜こそすれ、公式的な文脈では二人の間に恋愛感情はないと考えるだろう。しかし男女なら、あたかもそこに公式的な文脈があるかのようにとられることはしばしばである。簡単に言えば男女はイチャつけばそれが即「恋愛」とパッケージされてありきたりな関係として片付けられがちなのである。
 
今回のキスシーンも、勇利かヴィクトルのどちらかがもし女性だったならば、解釈は恋愛の方面が多分に勝って受け取られ、その他もろもろの部分は見えにくくなったのではないか、と考えている(とはいえ1話からずっとどちらかが女のユーリ!!! on ICEを考えられるわけでもないので、実際のところどうなっていたかはわからないが)。
少なくとも、2人が男同士ということが、言い換えればBLがBL作品の外に顔を出すこと敷居の高さが、(視聴者が)2人の関係性を典型的な枠(そもそもそんなものは言葉の上にしか存在しないのだが)の中に片付けてしまうのではなく、一度そこにあるがままに見つめようとすることに一役買っているのは確実だろう。それと同時に、もともと多様な意味を含むコミュニケーションであったにも関わらず物語において「(典型的な)恋愛の記号」として拘束されがちな「キス」を解放し、再び多様な意味を獲得させる効果すら認められるとも言える。
 
 
じゃあ結局、最初と二つ目の話を総合するとオメーは何が言いてぇんだよ!ということになる。矛盾しているように感じる人もいるかもしれない。
ユーリ!!! on ICEは「愛」を定形から逸脱させたい部分があるのだろうな、というのが、1話から最新第7話までを辿っての所感であるが、この狙いを大胆に凝縮したのが今回のキスシーンだ。
男同士という「特異な」シチュエーションでなされることで、「いわゆる『典型的』な『恋愛』の代名詞的記号」であったマウストゥマウスのキスはその意味の独占の中から脱出し、もっと多様な意味を取り戻すことになる。と同時に、BLではなくスポーツものと銘打たれた大人気アニメで、男同士のキスシーンというものが描かれたのは、意図的ではないにせよ、BL作品以外でのBL表現へのハードル下げになるのではないか。ということがこの話のまとめである。
 
めちゃくちゃキャッチーで効果的とはいえ本当によくこんな大胆な選択ができたもんだな…アニメスタッフすげえ…すげえよ…愛しがいがあるにも程がある……来週も楽しみだな!
 
11.18追記
 
「ユーリ!!! on ICEはBLか?」-inato備忘録
この話に寄せられたコメントを元に新しく記事を書きました。こちらもできればご参照ください。