同人をやってるオタクは『風が強く吹いている』を読め

 

こんにちは。グランド肉片だ。

タイトル的に、2,3月の春コミ合わせ原稿など頑張っている人がこの記事を読んでくれているのではないかと思う。

簡潔な題にしたかったので「同人」とのみ書いたが、別に物理的な形になるもので発表していなかったとしても、この記事にたどり着いた全ての、何かしらの創作活動……絵でも、音楽でも、言葉でも……をしている人に問いたい。

 

突然だが君は、三浦しをん著『風が強く吹いている』を読んだことがあるだろうか?

 

著者もタイトルも有名だと思うので、すくなくとも名前だけは聞いたことがあるという人が多いのではないかと思う。あと、陸上長距離走……もっと言うと箱根駅伝が題材なのも何となく知っているのではないか。

私も三浦しをん先生の『舟を編む』が好きで、先生が『風が強く吹いている』を書いていることも知っていた。

では何故手に取らずにいたかと言えば、それは長距離走という競技に対する……ウーン……あまり言葉にしたくないのだが、倦厭と言うか……体力作り以外になんのためにやってんのかよく分からないし……高校の時マラソン大会あったけど、マジでキツかったし……駅伝もなんか正月やってるけど、アレ画面が単調……じゃない……?????ランナーのプロフィールのどうでもいい一言コメントが1番面白いかな、みたいな……

率直に言って運動もほとんど苦手だし好きでもないインドア人間なので、魅力を感じる機会が1ミリもなかったのだ。

 

先日、映画Fate/HFを友人と観に行った際、ぜひ読んで欲しいと貸し出されたのが『風が強く吹いている』の文庫本だった。

オタクとして、また読書家として私は彼女を大変に信頼していたが、一方で何故か毎年箱根駅伝を楽しんでいる彼女が勧めてくる箱根駅伝の小説、というものに一抹の不安があった。

申し訳ない話だが、私は毎年正月に行く親戚の家で垂れ流される駅伝の中継を無感動に眺め、チャンネルを変える機会を伺っているタイプの人間だ。そんな人間が読んで、何も感じられずに友情にヒビが入ったらマジでどうしよう…と受け取りながらそんなことを考えていた。

 

ボールゲームのような対戦の楽しみとか、運動する人間のフォームの美しさとかは分かるのだが、特にいわゆる個人競技系のスポーツもので描かれがちなイメージのある(がち、はあくまで勝手なイメージだ)、「速さの先に見える世界」みたいな神がかり的なものに大して、私はものすごく冷めている。

自分には一生知りようのない、確かめようのないものだし、作家だって伝聞からの憶測で書いてんだろう、とどうしても思ってしまうのだ。キャラクターたちの感情だけが勝手に昂って、理解の置いてきぼりを食らう居心地の悪さを感じるのだ。

 

…………スポーツもの作品への悪感情をこれでもかと吐露してしまった。共感してくれる人ははたしてどれくらいいるだろうか。

いてくれたら嬉しいな。

そしてその人にこそ、『風が強く吹いている』をお勧めしたい。

 

 

『風が強く吹いている』は、竹青荘という下宿に住む寛政大学の10人の学生が、ほぼ素人ながら箱根駅伝を志し、力を合わせ邁進する物語である。

彼らを率いているのが、4年生の清瀬だ。彼は高校生まで走ることに一途な人生を歩んでいたが、故障によって一度挫折した過去を持つ。

清瀬が主人公の走にこう話すシーンがある。

 

「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか」

「速い、ですか?」

「いいや。『強い』だよ」

(三浦しをん『風が強く吹いている』(文庫版)p.207より)

 

 

ストーリーはこの「強い」という概念を主軸に展開する。

筋をじっくりと解説しても仕方ないので、私なりに得た感想を簡単に述べるが、この「強い」という概念は、私のこれまでのスポーツとスポーツものの作品を通じた体験を大きく塗り替えるものだった。

私たち、同人オタク……もとい何にしろ創作をする人間は、わかりやすく「ひとつの解に留まらない」世界にいる。創作によって生まれるものはあらゆる要素に左右され、それをひとつの尺度にのみ固執して評価することは愚かしいのだと、誰もが知っている。創作では、それが「当たり前」だ。

『風が強く吹いている』を読むと、その「当たり前」のことが「長距離走」というあまりにもごくごくシンプルな世界にも実は当てはまるものなのだと気づかされる。

持久力と速さしか見えていなかった世界に、新しい色が生まれる。

解像度が引き上がる。

それだけの納得と実感を得られる作品だった。箱根駅伝を通して、竹青荘の面々は、各々がそれぞれの方向に「強く」なっていく様子が描かれている。

この作品に対しては多角的に感想があるが、最も私の胸に大きな割合を占めたのは、この「強さ」の概念だ。

ありきたりなおためごかしでなく、地に足の着いた実感を持ち、また多様でありながら一貫性をもって描かれた「強さ」は地球の反対側の民族ほど遠い存在に思えていた「長距離走選手」と私を接続してくれた。

私達はともに孤独で、しかし強い結び付きを持ち、そのための「強さ」を求めていた。

その実感を是非、たくさんの人に味わってもらいたい。

 

 

再度になるが、『風が強く吹いている』未読の方には、特に創作に日々悩んだり調子に乗ったり忙しない方には、この作品を読んでいただきたい。

きっと、明日筆を取る力になってくれる作品だと思う。

あと今アニメも放送中なので、そちらの方もよろしくお願いします。(未履修)(ちゃんと見ます)